先日、ChatGPTに「何か面白い映画はないか」と聞いてみた。
以前観た『リンダ リンダ リンダ』がよかった、と伝えたところ、おすすめされたのが『サマータイムマシン・ブルース』だった。
大学のSF研究会を舞台にした、タイムマシンをめぐる青春コメディである。
タイムマシンというと、過去を変えるとか、世界を救うとか、壮大な物語を想像する。しかし、この映画に流れているのは、もっとくだらなくて、もっと身近な時間だ。
大学生たちが夏休みに集まり、部室でだらだらして、遊んで、どうでもいいことで笑っている。
それが、とてもよかった。
『リンダ リンダ リンダ』にもあった、あの感じだ。
何かものすごいことが起こるわけではない。でも、友人たちと一緒にいる時間そのものが楽しい。文化祭だったり、夏休みだったり、そのときは何でもなかった時間が、あとから振り返ると妙にまぶしく見える。
見ているうちに、自分の学生時代を思い出した。
あの頃は、何か大きな目的がなくても楽しかった。友人と集まって、どうでもいい話をして、遊んで、笑っている。それだけで一日が成立していた。
社会人になると、時間には目的がついて回る。
仕事をする。勉強する。成果を出す。将来のために何かをする。
もちろん、それはそれで面白い。
でも、『サマータイムマシン・ブルース』を見ていると、人生には「何の役にも立たない時間」も必要なのだと思わされる。
この映画で一番好きだったのは、SFの仕掛けそのものではない。
あの青い青春の感じだ。
暑い夏。大学の部室。仲間。意味のない会話。ちょっとした恋愛。そして、くだらないことに本気になれる時間。
学生時代というのは、不思議な期間だった。
お金も今ほどない。できることも限られている。それなのに、友人と集まっているだけで楽しかった。
大人になると自由になる。お金もある。行こうと思えば遠くへも行ける。
それでも、あの頃と同じ時間はもう買えない。
だから、この映画を見て感じたのは、単なる懐かしさだけではなかった。
今からでも、面白そうな人と遊べばいいのではないか。
学生時代と同じにはならない。でも、大人になったからといって、すべての時間を有意義にする必要もない。
くだらないことをして笑う時間を、もう一度つくることはできる。
『リンダ リンダ リンダ』がよかった、とChatGPTに話したことから出会った『サマータイムマシン・ブルース』。
なるほど、勧められた理由がよく分かった。
タイムマシンの映画なのに、見終わったあとに思ったのは、過去に戻りたいということではなかった。
これからの時間にも、ああいう青春を少しくらい入れていい。
そんな気持ちになれる映画だった。
